🌎今宵アジアの片隅で…🌎琉球流離親子編🛫

季節は晩秋へと移り夜気の中、私は娘とともにバックバックを背負い羽田へと向かった。
翌日の早朝便に搭乗するためには羽田空港T3での野宿が必要となったからだ。


翌日、無事に那覇空港へは着いたが乗船予定だったフェリーは時化のため欠航していた。




宿泊先より徒歩15秒で伊江島(イエジマ)タッチューを望める備瀬海岸。
島サバとは島ぞーりのことで、ナイチでいうビーサンだ。
伊江島は、イージマと発音するらしい。
タッチューとは、尖ったものいう意味らしい。



美ら海水族館より徒歩5分のフクギ並木とゲストハウス。
ゲストハウスの屋上や備瀬海岸からは、肉眼でティンジャーラ(天の川)やフシヌヤーウチ(流れ星)を観ることができる。
日中は観光客でだいぶ賑やかだが、夕方近くには閑散とするこのエリアはお気に入りの場所だ。


本部の渡久地港公園で放課後の地元小学生と触れ合う。
「キジムナーっている?」
と聞いたら・・・
「見たことなぁ~い!」
と言う返答・・・その後、ガジュマルの木に登りはじめて
まるでキジムナーのようだったのでカメラを向けたら
とても良い笑顔だった。



ブルーシールは沖縄のご当地アイスクリーム。
ナイチでいうところの、バスキンロビンス(31アイスクリーム)だろう。
ワッター(私たち)は断然、ブルーシール。
31やハーゲンダッツのように固くなく、程よい柔らかさがよい。
地域限定のやんばるシャワー味が美味しかった。
その後、ブルーシール全種類を制覇すると意気込みだした娘。
そして、滞在期間中、本当に全種類制覇したのだった。
初の沖縄ぜんざいは、ふっかふかの氷と小豆で、こちらもデージマーサン(とても美味しい)だった。




本部町にある三線店を訪れ、購入する予定ではなかったのだが、とても良い音がする三線があったので、娘と相談し購入してしまった。
沖縄産黒木の一枚張りの三線は、以前より欲しかったものだが、ナイチでは高額過ぎ購入できなかった。
夕方、早速購入した三線を弾きに備瀬﨑へ。
夕暮れと波と風に、三線の音を乗せるんだと、シージャ(年上の人/先輩)に教えていただいた。
滞在期間中は、毎日、比嘉商店さんで備瀬のシージャと三線を弾きながら、ユンタクし一緒に残波(泡盛)とオリオンビールを飲ませていただいた。
そして、琉球三山時代のはなしや、ウチナーグチなどを教えていただき、とても良い時間を過ごすことができた。
ちなみに同席した娘は毎回シージャ達に大人気だった・・・



近くにある今帰仁城(ナキジングスク)を見学後は、今帰仁そばを食べ、また、別の日は本部(ムトゥブ)の高山食堂で沖縄三枚肉そばを食べた。
沖縄そばは、それぞれ店ごとに出汁も麺も違い、娘も気に入ってよく食べた。





島サバアートをはじめ、熱中している娘。
完成が楽しみだ。
最終日も、時化でフェリーには乗船できず、バスで那覇へ向かうことに。
フライトまでの時間は、毎回変わらずの波の上ビーチで夕暮れ時を過ごす。
そして、羽田からは終電だったので、娘のバックパックも背負い走り抜けた。
終電を逃すとまた、羽田空港で野宿することのなってしまうので・・・
次回は、東南アジア周遊バックパッカーに連れていこうかな。
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※各部所、職員を募集しております。
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※ご連絡、お待ちしております。
【投稿者プロフィール】
大 畑 陽 介
1975年 7月29日生まれ 50歳
社会福祉法人 南山会 喜多見ホーム 看護サービス部 機能訓練指導員
柔道整復師/介護支援専門員/外国人介護従事者担当職員
~略歴~
大学卒業後、就職氷河期を大義名分にワーキングホリデーへ。
西オーストラリア州パースでサーフィン三昧の日々を過ごす。
帰国後、営業職に就くが父親になるのを機に、柔道整復師免許を取得し現在に至る。
~趣味・活動~
週末バックパッカー/シングルファーザー(一女の父)/総合格闘技(U-FILE CAMP所属)/キックボクシング/フリーウェイトトレーニング
